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Everyday is Re:lighted

聴いた音楽や遠征日記などなどなど

舞台「グレート・ネイチャー」感想・雑感

小山慶一郎くん6本目の主演舞台グレート・ネイチャー完走おめでとうございます。every.との掛け持ちでスケジュール調整に体調管理に本当に大変だったと思うけど、観ている側からすると、初回観劇の時こそこれは大変だぞ~~と心配にはなったものの、いい意味で影響があったというかなかったというか、そこにあるはずの疲れを感じさせない、見せないけいちゃんは本当にプロだな!と感じました。怪我なく終われて良かった。お疲れ様でした。心置きなく夏休み楽しんでくださいw

 

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というわけで感想および私的解釈を投下します~!

 

 

 

 

 

 

普通コンサートより舞台のほうがネタバレって慎重になるもんだと思うんだけど、今回は作品のどこを切り取ってもネタバレにならないというか、ひとつネタを書いたところで何のこっちゃか意味がわからないからかよっぽどWhiteコンのほうが厳重に内容が守られた感じがしますね。いやーーーー「独特すぎて…!」な舞台でした。でも、大好きな作品になりました。 するりと理解できるものよりも心に引っかかりを残してずっと留まるものの方が、想い出深いものになるような気がしています。

 

 

 

 

山奥にある学校“SON”。時間の概念が消失(※1)した謎の地へやってきた篠崎が、先輩教師である真田と長谷川に、自然に生きるとはどういうことか?を学び、成長していく物語。

 

まるで全編アドリブで構成されているかのような趣の作品なんだけど、大喜利に対して挑戦的に回答することももちろんあるけれど、ウケがよいものを繰り返す回もあるので、アドリブをこなすこと自体が目的なのではなく、アドリブだと思わせることで役の向こうに小山慶一郎を透かせて見せるのが目的のメタ演劇、ということで合ってるかしら。

 

物語序盤、これは舞台であっちが上手こっちが下手、お客さんはビニール袋ガサガサして飴食べたりしないでねケータイの電源は切ってね~!と言って、舞台上にある作品世界(物語)と客席の世界(現実)を一気に繋げてくるシーンは、エキサイティングでワクワクして大好きでした。

 

小山慶一郎が篠崎という役名を与えられた小山慶一郎を演じている(※2)わけだけど、アドリブを通してその生きざまを舞台上で強烈に見せつけてくれる、というのが、作品のテーマ「自然に生きること」を象徴しているようにも思いました。

 

これまでけいちゃんが演じてきたストレートプレイの作品とは明らかに違うものではあったのだけど、これは挑戦だなー!と思ったのと同時に、圧倒的に小山慶一郎を観に来る客が多いグローブ座という場所で、観客の殆どが彼のキャラクターを理解しているからこそ伝わるネタが盛り沢山だったので、こういう演劇手法とジャニーズの親和性は意外と高かったのではないかなと感じました。

 

「NEWS」「every.」「シゲアキ」「テゴマス」「ハッピーターン」「そらジロー」「好感度は大事」等々…

ファンが大好きなキーワードで、小山慶一郎という存在を、笑いを生むために思う存分“利用”していたという印象です。

 

思考回路ぶっとびの真田&長谷川コンビの振る舞いに困惑しながら、初めて触れるSONの世界を理解しようと喰らい付いていく篠崎。同じく困惑を抱えたw観客は、そんな篠崎に自分を重ねたのではないかな。だからこそ、やがて迎える真田の死は、篠崎と同じように自分の恩師が死んでしまったかのような衝撃的な出来事として感じられます。それでも篠崎は考えて考えて考え抜いて、自分の生徒であるマックスに「なぜ人は死ななければならないのか?」を伝えてゆく。美しい詩歌のような桜の遺言。死にゆくもの(真田)が生きるもの(篠崎)へ、そして次の世代(マックス)へと生きる意味を繋いでいく、荘厳なラストシーンでした。

 

最初にこの作品を観た時は正直ハテナでいっぱいで、人間は輪廻転生すっから死を悲しむなって話か?とも思ったんだけど、そういう心情や信仰の話ではなく、きっともっとシンプルなこと。季節は繰り返す、大地は生まれ変わる、それは人間の体も(物理的に)同じように。だからわたしたちも自然に生きよう、隣にいる人とたくさん話してたくさん笑おう。

 

死生観にまで踏み込んだ壮大なテーマを持ちながらも始終コメディという形式をとり、ナンセンスでしょーもない笑いを毎回新鮮に生み出そうとする姿勢こそがこの作品のいちばん独特なところであって、死に向かっているんだとしても人生は笑いながら走らなきゃ意味ないよという“死ぬほど前向き”なメッセージをその身をもって発し続ける演者たちの姿がありました。

 

 

 

さて、グレート・ネイチャーに出現するパラレルワールド「喫茶店」「SON記念館」「走馬灯」は、篠崎の未来(約10年後)に対する漠然とした不安が形になった世界なのかなーと思って観ていました(※3)。あの薄暗い空間は私には現実とは思えなかった。

 

マックスへの命の授業が終わってもなお未来の走馬灯に捕らわれる篠崎を、SONという「今この瞬間」へと力ずくで引き戻すのが、マックスが引き連れて来たウォーボーイズです。

 

グレート・ネイチャーには、今年の春に公開された映画「マッドマックス 怒りのデス・ロード」へのオマージュ要素も存分に含まれていました。シゲがラジオで「おれはもうマッドマックスの事しか考えたくない」と発言していたり、宇多丸さんも大絶賛していたし、Twitterでフォローしてる方にもマッドマックス信者が何名かいらっしゃったので、何となくこの映画が巻き起こしていたフィーバーは知っていました、が、まさかけいちゃんの舞台にまで侵食してきているとは思ってもみませんでした...w

 

自分は映画は未見だったので、東京公演終了直前に大慌てでデジタル版を購入。大気汚染により人間が長くは生きられなくなった近未来の地球で、過酷な環境下でも生きることに固執し、自分が生まれた場所(故郷≒母なる海)をひたすらに目指す物語。生まれた地へ、死の可能性を伴いながらも、必死で生きること。ここがグレートネイチャーの世界と重なって見えた部分かなーと。

 

あ、でも、映画を見たからといってグレネ本筋の解釈が変わるというほどではないので、観ていなくてもなんら問題はないです。なんといっても主演であるけいちゃんが観ていないのだからwwおいw

 

ただ、観客としては、やっぱり観劇前に見ておけたら、演者の行動の意味やセリフのネタ元が分かってより興奮しただろうなー、という気持ちにはなったかなーー。10/21にはレンタルも始まるそうです、グレート・ネイチャーのカケラを拾い集めることも出来ると思うので、未見の方はぜひご覧になってみてください。

 

超いろいろ考えさせられた舞台だったけど、こうやって文字として纏めてみるとなんだかあっさりとしてしまうなあ。観客を先導する役目のけいちゃんがブレたらきちんとラストを迎えられないような物語だったと思うので、プレッシャーの大きい大変な作品だったと思います。それでもまたこういうTHE演劇といった作品に挑戦してほしいです。

 

舞台人小山慶一郎に、また出会える日がやってきますように。

 

 

※1 時間の概念が消失

「濡れてない!今まであんなに雨が降っていたのに」

「今この瞬間が全てだというのに」

「1日過ぎるのが早いなあー」

「時間は長谷川先生次第じゃないですか」

「カウント減速します」

 

※2 篠崎という役名を与えられた小山

「止めてあげて、それ以上行けないから」

「山場を作るのは(主役である)篠崎先生の役割です」

「篠崎!演劇なめんな!」

「おまえそれ楽屋の備品だろ?」

「ボケとツッコミが続いて...いつまでもオチがない」

 

※3 未来への漠然とした不安

「言葉や意味はやがて降り積もり/10年後は袋小路」

「そのお席は永久欠番となっております」

「懐かしいといいますか、当時は何も無かったですから、こういうものは」

 

注:セリフはニュアンスです。メモをとっていたわけではないので言い回しなど正確ではありません。